3週間入院記録。前立腺全摘除術の現実

3週間という時間が、私を変えた

2016年、私は前立腺癌の手術のため、都内のある大学病院で3週間の入院生活を送りました。

これから前立腺全摘除術を受ける方、あるいはその家族の方にとって、入院生活の「現実」がどんなものか、事前にイメージできる情報は意外と少ない。医療メディアは手術そのものは詳しく書いても、ベッドの上で過ごす3週間の中身——同室の患者との会話、夜中の不安、家族の面会、尿道カテーテルとの闘い——には踏み込みません。

だからこそ、サバイバー本人が10年経った今、覚えていることを率直に書きます。決して楽な3週間ではありませんでした。でも、後から振り返ると、人生の重要な時間でもありました。

手術そのものの体験談は「ダヴィンチ手術を10年前に受けて——あの判断は正しかったか」に、診断から手術までの全経緯は本体記事「前立腺癌術後ED 10年の全記録」に書きました。本記事では、入院生活そのものに絞ってお話しします。

 

入院初日——4人部屋への入室

入院したのは4人部屋でした。ベッドと小さな収納、カーテンで区切られた空間が、約3週間の生活の場になりました。同室者の年齢、病名、会話はプライバシーを守るため公開しません。

手術前夜は緊張でなかなか眠れませんでした。眠れないことを責めず、翌日の説明と持ち物を確認しながら静かに過ごしました。

手術当日——約5時間の手術

手術日の朝、家族に見送られて手術室へ向かいました。具体的な会話や家族の反応は公開しません。

執刀医からは事前に2〜3時間ほどの予定と説明を受けていましたが、実際は約5時間でした。麻酔で眠っていたため私に時間の感覚はなく、目を覚ましたのはICUでした。ICUで一晩過ごし、翌日には一般病棟へ戻りました。

術後1週間目——一番辛かったのは、痛みではなかった

意外な真実:本手術の痛みより、生検の方が辛かった

「手術の後の激痛」を覚悟していましたが、実際は——想像していたほどの痛みではありませんでした。

術後3日間ほどは、しっかり鎮痛剤を飲んで痛みを凌いでいました。鎮痛剤を切らさないように、看護師さんが時間通りに持ってきてくれる。痛みが我慢できないほど強くなる前に、薬で抑える——という管理がされていました。

3日を過ぎたあたりから、痛みは徐々に和らいでいきました。鎮痛剤の量も少しずつ減っていき、1週間が経つ頃には「まだ違和感はあるが、痛みでうずくまるほどではない」というレベルにまで落ち着いた。ダヴィンチ手術は傷口が小さく(お腹のへその周囲に5つの穴のみ)、術後の鎮痛管理もしっかりしているため、痛み自体は十分にコントロールできていました。

むしろ、術前の生検(左右8箇所ずつ、合計16箇所の組織採取)の方が、本手術後よりよっぽど痛かったというのが、10年経った今の率直な感想です。

生検の体験については「PSA検査で要注意と言われたら——サバイバーからの警告」にも書きました。「手術が怖い」と感じている方は、生検をすでに乗り越えていれば、その延長線上で対応できる範囲だと思います。

一番辛かったのは、長期間の尿道カテーテル

術後最大の苦痛は、痛みではなく、尿道カテーテルでした。

膀胱から尿を体外に出すため、尿道に管を挿入したまま生活します。前立腺を摘出した直後は、膀胱と尿道の縫合部分が癒着するまで、このカテーテルを抜くことができません。

私の場合、このカテーテルがかなり長期間入ったままでした。違和感・異物感が常にあり、寝返りを打つのも、トイレに立ち上がるのも、椅子に座るのも、すべての動作に「あの管」が付きまとう。

夜、ベッドに横たわっていても、カテーテルの違和感で何度も目が覚める。「早く抜きたい」「これがなくなれば楽になる」そればかり考えていました。

これから手術を受ける方には、断言します。「術後の最大の敵は、痛みではなくカテーテル」です。心の準備をしておいてください。

カテーテルが抜けた日、人生で一番嬉しかった瞬間の一つ

術後しばらく経って、ついに担当医から「カテーテルを抜きましょう」と告げられた朝。

処置自体は数秒で終わりました。痛みもほとんどない。でも、抜けた瞬間の解放感は10年経った今でも忘れられません。「これで普通の人間に戻れる」と本気で思いました。

退院よりも、退院前の「カテーテル抜去の日」の方が、私にとっては大きな節目でした。

 

術後2週間目——少しずつ歩けるようになった

術後2週間目になると、少しずつ廊下を歩けるようになりました。回復のペースには個人差がありますが、私の場合は歩く距離が伸びることが小さな励みになりました。

4人部屋で他の患者さんと同じ時間を過ごしたことや、好きだった囲碁に触れたことも気持ちの支えになりました。同室者の詳しい状況や会話は公開しません。

術後3週間目——退院へ

術後2週間半を過ぎた頃、退院予定が決まりました。約3週間を過ごした病室を離れることに、安堵と緊張の両方がありました。同室者との具体的な会話はプライバシーを守るため公開しません。

家族の存在——入院生活の支え

約3週間の入院中、家族の存在は大きな支えでした。面会時の具体的な会話、家族の反応、進路などの私的な内容は公開しません。

入院生活は治療を受けるための時間でしたが、自分にとって大切なものや退院後の生き方を考え直す時間にもなりました。

入院中の3つのリアル——意外と語られないこと

リアル①:病院食は、悪くない

「病院食=まずい」というイメージを持つ方が多いですが、私の経験ではむしろ意外に美味しかった。栄養バランスが取れていて、塩分も適切。退院後、自宅で食事を作るようになって「病院食って実はちゃんとした料理だったんだな」と気づきました。

リアル②:夜の不安は、誰もが通る道

昼間は看護師さんや同室の方々と話せて気が紛れますが、消灯後の深夜は別世界です。再発の不安、家族のこと、仕事のこと、術後の人生——考え出すと止まらない。

私の場合、夜中に目が覚めて天井を見上げる時間が、入院期間で最も「重い」時間でした。同じ4人部屋の他の3人も、同じように天井を見上げていたのではないかと思います。

夜の不安は、入院した人なら誰もが通る道です。眠れない夜は無理に眠ろうとせず、本を読んだり、家族のことを思ったり、自分の心と向き合う時間にしてください。

リアル③:退屈な時間が、人生で一番濃密な時間に変わることもある

3週間というのは、思った以上に長いです。動けない時期は本当に何もすることがない。

ところが、私の場合、結果的にこの「退屈な時間」が、人生で最も濃密な時間の一つになりました。

  • 家族との深い対話——娘の進学を含めた、普段話せないテーマを家族で何度も話し合えた
  • 同室での囲碁——たまたま囲碁を打てる方と出会い、3週間の毎日を対局で過ごせた
  • 人生の棚卸し——ノートに「退院したらやりたいこと」「これからの人生で大切にしたいこと」を書き続けた

今振り返ると、入院が私の生き方を決める原点だった気がします。

長年の飲酒との決別

入院が私の生き方を変えた、その象徴となった出来事が、長年続けてきた飲酒生活との決別でした。

正直に書きます。私は酒癖がよくありませんでした。お酒で数えきれないほどの失敗を重ねてきた人生でした。家族に迷惑をかけ、自分でも嫌になるほど、何度も同じことを繰り返してきたそんな日々でした。

「うまくコントロールできないなら、いっそ辞めよう」

そう思って禁酒を試みたことは、一度や二度ではありません。しかし、どれも長続きしませんでした。日々の付き合い、仕事のストレス、そして何より自分への甘さ。様々な言い訳を重ねながら、また杯を傾けるその繰り返しでした。

ノートに記した、たった一つの誓い

3週間の入院中、私はベッドの上で「人生の棚卸しノート」を書き続けていました。退院したらやりたいこと、これからの人生で大切にしたいことを、毎日少しずつ書き溜めていく、ささやかな習慣です。

そのノートの第一項目に、私は迷いなくこう書きました。

「お酒を辞める」

癌の宣告、神経温存をめぐる夫婦の決断、3週間の入院生活、これだけのことを家族に背負わせておきながら、退院後また同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。

退院後の自分への、たった一つの誓いでした。

あれから10年、一滴も飲んでいない

退院から10年。あれから一滴も飲んでいません。

不思議なもので、何度も挫折した禁酒が、入院をきっかけに自然と続けられるようになりました。「お酒を辞めた自分」を、もう手放したくなかったのだと思います。

そして、これは強く実感していることですが、入院前より家族関係が深まった大きな要因は、禁酒でした。お酒を介してしか家族と過ごしていなかった時間が、素面で向き合う時間に変わる。それだけで、家族の中の空気が、確かに変わったのです。

癌は、私から多くを奪いました。でも、お酒との縁を断ち切る決定的なきっかけを与えてくれたのも、また癌でした。入院は失われた時間ではなく、自分の生き方を立て直す貴重な3週間だったと10年経った今、心からそう言えます。

断酒を支えてくれた、AAという居場所

最後に、もう一つだけ触れさせてください。お酒を辞めるにあたって、大いに支えになった場所があります。

それが、AA(Alcoholics Anonymous / アルコホーリクス・アノニマス)という自助グループでした。

AAは、お酒をやめたい人、飲酒を自分でコントロールできないと感じている人のための、世界規模の自助グループです。医療機関ではなく、同じ悩みを抱える人たちが集まり、自分の体験を話し、聞き合いながら、お互いに断酒を続けていくそんな場所です。

匿名性が守られ、宗教や政治とは無関係。参加費は基本的に無料で、自由献金制です。

私が10年間、一滴も飲まずに来られた背景には、AAという場所と、そこで出会った仲間たちの存在が、間違いなくありました。

「自分一人の意志では、何度も挫折した。でも、同じ悩みを抱える仲間がそこにいると、続けられた」

これは、断酒だけでなく、人生のあらゆる困難に通じる真実なのかもしれません。

もし今、このページをお読みの方の中に、かつての私と同じようにお酒の問題で悩んでいる方がいらっしゃるなら、どうか一人で抱え込まず、AAという選択肢があることを、心の片隅に置いておいてください。

▶ AA日本ゼネラルサービス(AA JSO)公式サイト 全国のミーティング情報や、最初の一歩の踏み出し方が掲載されています。

「サバイバー」という言葉を、私は前立腺癌だけでなく、お酒との戦いにも使いたいと思っています。

両方の戦いを乗り越えて、私は今、ここに立っています。

 

これから入院する方へ——持参すべき5つのもの

①羽織れる薄手のカーディガンやガウン

病室の温度は、自分で完全には調整できません。看護師さんを呼ぶときや、トイレに立つときに、さっと羽織れるものが必須です。前開きで、ボタンが大きいものが楽。

②長めのストロー(数本)

術後しばらくは寝たきりで、コップに口をつけられません。長めのストローがあれば、寝たまま水分補給できます。これは盲点になりがちですが、絶対にあった方が良い。

③イヤホン(できればワイヤレス)

4人部屋では、テレビの音は他の方への配慮で控える必要があります。イヤホンがあれば、テレビ・スマホでの動画・音楽など、退屈な時間の救いになります。ワイヤレスイヤホンが特にお勧めです。

④読みたかった本、または「自分の趣味の道具」

3週間は思った以上に長いです。普段「読みたかったけど時間がなくて読めない」本を、この機会に持ち込むと良いでしょう。私は経済書と歴史小説を5冊持ち込みました。

ただし、本だけに頼らなくていい。私の場合、たまたま同室の方が囲碁の道具を持ち込んでいて、対局で時間を過ごせたことが入院生活の大きな救いになりました。囲碁、将棋、編み物、塗り絵、語学テキスト——あなたが普段から楽しんでいる趣味の道具を1つ持ち込むことを強くお勧めします。「同じ趣味を持つ人が同室にいた」という奇跡が、もしかしたら起こるかもしれません。

⑤心の準備:カテーテルとの付き合い

これは持ち物ではないですが、最も重要な「準備」です。術後しばらくは尿道カテーテルが入ったままになります。違和感は確実にあるが、抜ける日は必ず来る——その日まで我慢する、と決めて入院してください。

 

よくある質問(FAQ)

Q1. 前立腺全摘除術の入院期間はどれくらいですか?

A. 私の場合は3週間ほどでした。ただし、これは2016年当時の話で、近年は手術技術の進歩や医療費抑制の流れもあり、もう少し短期化(2週間前後)している病院もあるようです。具体的な入院期間は、手術を受ける病院に事前に確認してください。

Q2. 個室と大部屋、どちらがお勧めですか?

A. 私は4人部屋でしたが、結果的に良かったと感じています。同じ病気と向き合う仲間との連帯感は、個室では得られない貴重な体験でした。一方、プライバシーや静かな環境を優先したい方、家族の面会を頻繁に受けたい方には個室が向いています。費用面では3週間の個室はかなりの負担になるので、家計と相談を。

Q3. 入院中に一番辛かったのは何ですか?

A. 術後の痛みではなく、長期間入っていた尿道カテーテルです。違和感が常にあり、寝返りも、立ち上がりも、座るのも、すべての動作に管が付きまとう。10年経った今、入院生活で最も鮮明に覚えているのは、痛みでも食事でもなく、「あのカテーテルがやっと抜けた朝の解放感」です。これから手術を受ける方には、心の準備をしておいてほしい点です。

Q4. 入院中に家族の面会はどれくらいの頻度がいいですか?

A. 私の場合、妻と当時15歳の娘がほぼ毎日来てくれました。これが入院生活の最大の支えでした。特に深夜、同室の方々が眠っている中で天井を見上げているとき、「明日も家族が来てくれる」という事実そのものが心の灯りになりました。患者本人の意向にもよりますが、無理のない範囲で頻繁な面会をお勧めします。家族の声と表情こそが、何よりの薬です。

Q5. 術後の痛みは強いですか?

A. ダヴィンチ手術の場合、想像していたほどの激痛ではありませんでした。私の場合、術後3日間ほどはしっかり鎮痛剤を服用して痛みを凌ぎ、その後は徐々に薬の量も減っていきました。傷口が小さく(お腹のへその周囲に5つの穴)、術後の鎮痛管理もしっかりしているため、コントロールできる範囲です。むしろ術前の生検(16箇所の組織採取)の方が、本手術後よりよっぽど痛かったというのが、10年経った今の率直な感想です。

Q6. 退院後、すぐに普通の生活に戻れますか?

A. 退院直後はまだ尿失禁、体力低下、ED症状などが残っており、すぐに「普通の生活」とはいきません。デスクワークなら退院後しばらくして再開できますが、肉体労働や激しい運動は数ヶ月かけて慎重に戻していく必要があります。私の場合、経営者として早期復帰は必要でしたが、「無理せず徐々に」を原則にしました。退院後の生活については「前立腺癌術後ED 10年の全記録」をご覧ください。

 

関連記事——サバイバーコーナーの他の記事

▶ 【本体記事】前立腺癌術後ED 10年の全記録

▶ PSA検査で要注意と言われたら——サバイバーからの警告

▶ 前立腺癌が夫婦関係に与えた10年の影響

▶ ダヴィンチ手術を10年前に受けて——あの判断は正しかったか

▶ 神経温存 vs 全摘除——10年後に振り返る私の選択

 

この記事を書いた人

bodyagain.jp 運営者

1965年6月生まれ、1996年結婚、現在結婚30年。2013年、40代後半の健康診断でPSA要注意判定を受けるも3年間放置し、2016年に前立腺癌(T2c期、グリソンスコア7)と診断される。同年7月、都内の大学病院でダヴィンチXiによるロボット支援下前立腺全摘除術を受け、3週間の入院生活を経験。妻と当時15歳の娘がほぼ毎日面会に来てくれたことが、入院期間の最大の支えとなった。2023年頃に大学病院での定期的な経過観察を終了。術後ED・尿失禁の後遺症と向き合う中で、2016年末の韓国出張で親しい友人から手渡されたVINIX 100mgとの出会いをきっかけに、「同じ悩みを抱える中年男性に、安全で確かなED治療薬を届けたい」との想いから、2017年6月にED治療薬の個人輸入代行サイトbodyagain.jpを開設。以来9年間、自身の体験をもとにサイトを運営し続けている。

※本記事は医学的助言を提供するものではありません。具体的な診断・治療については、必ず泌尿器科専門医にご相談ください。