前立腺癌術後ED 10年の全記録——3年の放置、苦しい決断、そして卒業

10年経った今、なぜこの記事を書くのか

私は、2016年に前立腺癌と診断され、都内のある大学病院でダヴィンチXiによるロボット支援下前立腺全摘除術を受けた、一人のサバイバーです。

そして翌2017年、私はbodyagain.jpを開設しました。同じ悩みを抱える中年男性に、私を救ってくれた一枚のフィルム——韓国製のED治療薬を届けたい。それだけの想いから始めたサイトが、今年で開設10年目を迎えます。

この10年、私は多くを失い、それと同じくらい多くを得てきました。失ったもの——勃起神経の一部、尿失禁との付き合い、人生で取り返せない時間。得たもの——術後7年で経過診断を卒業できた事実、結婚30年を超えた家族の絆、そしてbodyagain.jpを通じて出会った何千人ものお客様。

この記事は、PSA要注意を3年放置した48歳の自分への手紙であり、今この瞬間「前立腺癌かもしれない」「これから手術を受ける」「術後の生活に悩んでいる」という方への、10年先からの率直な報告書です。

長い記事になります。でも、2013年のPSA要注意から2026年の現在までを、できる限り正直に、できる限り余すところなく綴ります。気になる章だけ拾い読みしていただいても構いませんし、最後までお付き合いいただけたら、それ以上に嬉しいことはありません。

本記事は「サバイバーコーナー」の中核記事です。記事末尾に、より深く特定のテーマを掘り下げた派生記事5本へのガイドを設けています。

 

【第一部】診断前——3年放置の日々

2013年、48歳の私はPSA「要注意」を引き出しに仕舞った

最初の警告——4.2

2013年、40代後半。私は会社経営の傍ら、毎年の健康診断を受けていました。

その年の結果用紙の片隅に、小さく「PSA:4.2 要再検査」と書かれていた。基準値(4.0)をわずかに超えていただけ。自覚症状は何もない。仕事は忙しい盛りでした。

「来年また測ればいいか」——結果用紙はそのままデスクの引き出しへ。

2014年——4.8。それでも動かなかった理由

翌年の健診ではPSA 4.8。前年より上昇していたのに、私はまだ「この年齢ならちょっと高めの男はたくさんいる」「ストレスでも上がるらしい」と自分に言い聞かせていました。

当時はまだ49歳。本業の仕事が忙しい時期で、毎日の業務に追われていました。そして何より——正直に言えば、PSAという数値が何を意味するのか、前立腺癌がどれほど身近な病気なのか、私はほとんど何も知らなかった。「自分はまだ若いし、関係のない世界の話」だと思っていたのです。

無知と若さの過信。これが、放置の最大の理由でした。

2015年——6.5。妻に怒られて、それでも先延ばし

3回目の健診で、PSAは6.5まで上昇。さすがに用紙を見た家族から、早く受診するよう勧められました。

しかし私は、予約を入れたものの、診察日を2回もキャンセルしてしまいました。理由は韓国出張です。当時は、ソウルにある子会社へ毎月のように出張していたため、それは自分にとって都合のいい言い訳でもありました。

今になって思えば、本当は怖かったのだと思います。

「癌かもしれない」その言葉と正面から向き合うことが、どうしてもできませんでした。それが、当時の私の本音でした。

PSA要注意を放置することの危険性を、当事者として詳しく書いた派生記事「PSA検査で要注意と言われたら——サバイバーからの警告」もあわせてご覧ください。今この瞬間、PSA要注意で迷っている方には、この派生記事を最優先でお読みいただきたいです。

 

2016年、観念して受けた精密検査と16箇所生検

PSA 8.9——もう逃げられなかった

4回目の健診でPSAは8.9。妻が予約を取り、半ば強制的に泌尿器科へ連れて行かれました。

最初の診察で、医師の表情を見て「これは違うな」と直感しました。これまでのように「まあ様子見で」とは言われない、医師の目の真剣さ。

16箇所の生検——本手術より痛かった検査

MRI、そして生検。前立腺を左右に分け、それぞれ8箇所ずつ、合計16箇所から組織を採取する精密な検査でした。骨シンチも実施。

10年経った今振り返っても、この16箇所生検は本手術後の痛みより、よっぽど辛い検査でした。

麻酔下とはいえ、針で組織を採取する違和感、検査後数日間の排尿時の痛み——「これでまだ癌が見つからなかったらどうしよう」「でも見つかったら……」という二重の不安と相まって、生検の数日間は精神的にも肉体的にも消耗しました。

診断——T2c、グリソンスコア7、中リスク群

一連の検査を経て告げられた診断は——前立腺癌、グリソンスコア3+4=7、T2c期、中リスク群。

「幸いまだ転移はないが、放置すれば数年で命に関わる位置です」と医師に言われた瞬間の、診察室の冷たい空気は今でも覚えています。

生検結果を詳細に分析すると、片側に癌細胞が集中して見つかり、もう片側には認められませんでした。これが、後の神経温存判断の基礎データになります。

 

【第二部】手術前——苦しい決断

神経温存をめぐる、執刀医との対話

提示された3つの選択肢

執刀医からは、3つの術式選択肢が提示されました。

  • ①全摘除——勃起神経も完全に切除。再発リスク最小、ただし術後EDはほぼ確実
  • ②片側神経温存——癌のない側の神経を残す。取り残しリスクは多少上がる
  • ③両側神経温存——あなたの中リスク症例ではリスクが大きすぎるため推奨しない

つまり、私の現実的な選択肢は「全摘か、片側温存か」の二択でした。

「命の安全」と「男としての人生」、どちらを取るか

これは医学的判断ではなく、価値観の選択でした。

命を最優先するなら全摘。安全度は最も高く、再発リスクも最小。ただし術後の性機能は、ED治療薬を使っても効果が出にくいケースが多い。

片側温存を選べば、性機能維持の可能性は残る。でも癌の取り残しリスクはわずかに上がる。

51歳。妻との残された人生を考えると、私は「片側温存」に強く惹かれていました。でも、それは「リスクを抱える」決断でもあったのです。

神経温存の医学的詳細と、私の決断の経緯をさらに詳しく書いた派生記事「神経温存 vs 全摘除——10年後に振り返る私の選択」では、これから手術を受ける方が判断するための5つの判断軸も提示しています。

 

家族と相談し、片側神経温存を選んだ

手術前、私は神経温存について家族と話し合いました。具体的な会話は家族のプライバシーを守るため公開しませんが、命を守ることを最優先にしながら、その後の生活についても考える大切な時間になりました。

最終的には、診断内容と執刀医の説明を踏まえ、片側神経温存を希望しました。これは私個人の診断と価値観に基づく選択であり、同じ選択がすべての方に当てはまるわけではありません。

詳しい判断の経緯は「神経温存あり/なし——10年後に振り返る私の選択」にまとめています。

都内大学病院でダヴィンチXi——選んだ理由

当時、都内でダヴィンチ手術の実績が最多だった大学病院

私が手術を受けたのは、都内のある大学病院でした。決め手は明快で、当時の日本国内、特に都内において、その病院がダヴィンチ手術の実績件数で群を抜いていたからです。

ダヴィンチXi(2014年導入の最新世代機)は機械が優秀でも、操作するのは人間の医師、そしてチーム全体の習熟度が結果を左右します。「機械があるかどうか」ではなく「その機械を何百件、何千件と動かしてきたチームかどうか」——ここを見極めたことが、結果として10年後の私のQOL(生活の質)を支えています。

ダヴィンチを選んだ3つの理由

  • ①神経温存の精度——3D拡大視野でミリ単位の温存が可能
  • ②症例数豊富な大学病院チーム——技術的裏付け
  • ③回復の早さ——経営者として長く休めない事情

ダヴィンチXi手術の体験談、術式選択の詳細、術後10年の評価は派生記事「ダヴィンチ手術を10年前に受けて——あの判断は正しかったか」に詳しく書いています。

 

【第三部】手術と入院——3週間の物語

手術当日——予定2〜3時間が、実際は5時間

家族に見送られて手術室へ

手術日の朝、家族に見送られて手術室へ向かいました。家族との具体的な会話は公開しませんが、一人で手術に向かうのではないと感じられたことが大きな支えでした。

お腹のへその周囲に、5つの穴

ダヴィンチ手術と聞くと「お腹を大きく切る」イメージを持つ方もいますが、実際は全く違います。

私の場合、お腹のへその周囲に5つの小さな穴を開け、その穴からロボットアームを挿入する形でした。執刀医は離れた位置のコンソール(操縦席のような装置)に座り、ロボットアームを操作しながら手術を進めていく。広範囲を切開する従来の手術とは、全く別物です。

予定2〜3時間が、実際は約5時間

執刀医からは事前に手術時間は2〜3時間ほどの予定と説明を受けていましたが、実際は約5時間でした。麻酔で眠っていた私に時間の感覚はなく、目を覚ましたのはICUでした。

4人部屋で過ごした時間

術後はICUで一晩過ごし、翌日には一般病棟の4人部屋へ移りました。同室者の年齢、病気、会話はプライバシーを守るため公開しません。

入院中は、以前から好きだった囲碁に触れる時間が気持ちを落ち着かせてくれました。治療だけで一日を埋めず、自分の好きなことを持ち込む大切さを実感しました。

家族の支えを感じた3週間

約3週間の入院中、家族の存在は大きな支えでした。家族との会話や進路に関する内容は、プライバシーを守るため公開しません。入院は治療を受ける時間であると同時に、自分にとって大切なものを考え直す時間にもなりました。

一番辛かったのはカテーテル、痛みは生検のほうが上だった

術後3日間は鎮痛剤で凌いだ

術後3日間ほどは、しっかり鎮痛剤を飲んで痛みを凌いでいました。鎮痛剤を切らさないように、看護師さんが時間通りに持ってきてくれる。3日を過ぎたあたりから、痛みは徐々に和らいでいきました。

意外な真実——術前の生検(16箇所の組織採取)の方が、本手術後の痛みより、よっぽど辛かった。

ダヴィンチ手術は傷口が小さく、術後の鎮痛管理もしっかりしているため、想像していたほどの激痛ではありませんでした。

最大の苦痛は、長期間の尿道カテーテル

術後最大の苦痛は、痛みではなく——尿道カテーテルでした。

膀胱から尿を体外に出すため、尿道に管を挿入したまま生活します。前立腺を摘出した直後は、膀胱と尿道の縫合部分が癒着するまで、このカテーテルを抜くことができません。

私の場合、このカテーテルがかなり長期間入ったままでした。違和感・異物感が常にあり、寝返りを打つのも、トイレに立ち上がるのも、椅子に座るのも、すべての動作に「あの管」が付きまとう。

術後の最大の敵は、痛みではなくカテーテルです。

3週間の入院生活の詳細(同室患者との連帯感、退院前夜の会話、持参すべきもの5つなど)は派生記事「3週間入院記録——前立腺全摘除術の現実」にすべて綴っています。これから入院される方、ご家族の方は参考にしてください。

 

【第四部】術後10年——失ったもの、得たもの

退院後の現実——尿失禁、ED、社会復帰

オムツ生活と男としての無力感

退院後の現実は、覚悟していた以上に厳しいものでした。

  • 尿失禁——咳、くしゃみ、立ち上がるだけで漏れる。オムツが手放せない
  • 勃起反応はゼロ——朝の生理現象すらない。文字通り「全く反応しない」
  • 体力低下——10分歩くだけで疲れる。階段が登れない

一番堪えたのは、勃起反応の喪失でした。「自分はもう男じゃないのか」という感覚が、夜になると押し寄せてくる。

 

韓国の友人が手渡してくれた、一枚のフィルム

術後半年、薬を試す踏ん切りがつかなかった

2016年7月の手術から半年が経った、年末。担当医からは早い段階で「ED治療薬を試してみてもいい時期です」と言われていました。

正直、最初は抵抗がありました。「薬で勃起する」ことが、なんだか敗北のように感じたのです。自然じゃない、男として情けない——そんな感覚。だから、医師に勧められても、踏ん切りがつかないまま日々が過ぎていきました。

2016年末、韓国出張で親しい友人に打ち明けた

術後半年が経った2016年末、韓国出張の機会がありました。久しぶりに会った韓国の親しい友人に、私は思い切って正直に打ち明けました。前立腺癌のこと、ダヴィンチ手術のこと、そして今の状態のこと。

彼はしばらく黙って聞いた後、こう言いました。

「これ、試してみろ。韓国で売れているやつだ」

そう言って手渡されたのが、VINIX 100mgでした。

ODフィルム型——水なしで舌の上で3秒で溶ける革新的な剤形

VINIXは、バイアグラのジェネリック(後発品)で、有効成分はバイアグラ同様のシルデナフィル100mg。製造元は、韓国でフィルム型ED製品の大半をOEM生産する大手メーカー、CLPharm社。

特徴は、水なしで舌の上に乗せると3秒で溶けるフィルム型という、当時としてはかなり革新的な剤形でした。錠剤と違って携帯にも便利で、いざという時に水を探す必要もない。

正直、最初は半信半疑でした。

初めて使った夜——「これなら、続けられる」

詳しくは書きません。プライバシーに関わることですし、読まれる方の想像にお任せしたい部分がありますが、

「これなら、続けられる」

そう思ったことを、今でも鮮明に覚えています。2016年7月のダヴィンチ手術からちょうど半年、諦めかけていた何かが、戻ってきた瞬間でした。

 

VINIXとSENTRIPは老眼鏡と同じ道具

初めて使った翌日、「これなら続けられる」と感じました。

最初は、薬に頼ることへの抵抗がありました。でも今は、その考えが180度変わっています。

老眼になれば老眼鏡をかける。それと同じことです。

だからこそ、VINIXをお勧めする際に、迷いがなくなりました。

VINIXとSENTRIPは、男としての自信と活力を、いつまでも自然に保ち続けるための道具です。特別なものでも、恥ずかしいものでもない。ただ、必要な人に、必要な道具を届けるそれだけのことだと、今は確信しています。

VINIXに加えてSENTRIPも——身体に合わせた使い分け

VINIXに救われた経験から、後にSENTRIP(タダラフィル系・長時間型)も試すようになりました。VINIXは即効性・短時間型、SENTRIPは長時間型・自然な使用感。同じCLPharm社製のフィルム型で、どちらも品質には自信を持って勧められます。

大切なのは、その日の身体の状態と気持ちに合わせて選ぶことです。サバイバーの身体は、術前と同じではありません。疲れている日、胃の調子が良くない日、薬の効きが鈍く感じる日もある。だからこそ、選択肢が複数あることに意味があると感じています。

私は、その日の身体に合わせて使い分けています。SENTRIP(セントリップ)は服用後も時間に縛られない自然な感覚で過ごせるので、ゆっくり週末を過ごせる日に。即効性が欲しいときや短時間で済ませたいときにはVINIX(ビニックス)。「決まったルーティン」ではなく「その日のコンディションに合わせる」——これが10年続けてきて辿り着いた、私自身のスタイルです。

ED治療薬の使い分けや身体に合わせた選び方は、「ED治療薬の選び方——サバイバーが10年使って分かったこと」に詳しくまとめています。

 

術後7年、担当医が「もう来なくていい」と言ってくれた日

最初の3年は半年ごと、4年目以降は年1回

退院後、最も気を抜けないのが術後の経過観察です。前立腺癌は、手術で取り切れたと思っても、ごくわずかな癌細胞が体内に残り、後から再発する可能性があります。

私の場合、退院後の最初の3年間は半年ごとに大学病院の泌尿器科で経過診断を受けていました。主な検査はPSA採血。手術で前立腺自体を摘出しているため、PSA値はほぼゼロのまま推移しているはずで、それが「再発していない」ことの最も確かな指標になります。

「次のPSA採血で数値が上がっていたらどうしよう」——半年ごとの診察日が近づくたび、心臓が締め付けられるような不安に襲われました。これはサバイバーになって初めて知る感覚です。

術後3年が経過した時点で、担当医から「ここまで再発の兆候がないので、今後は年1回の経過診断にしましょう」と告げられました。半年→1年に間隔が伸びる。これは小さな卒業のような瞬間でした。

7年目の診察室で、担当医から告げられた言葉

そして術後7年が経った頃、年1回の診察で、担当医からこう告げられました。

「ここまで何の兆候もないので、もう経過診断は卒業して大丈夫です。何か気になることがあれば、その時に来てください」

2016年の手術から7年。半年ごと、年ごとに数値を見守られ続けた7年間が、終わったのです。「治った」と言ってもらえた感覚に近い。診察室を出る時、初めて泌尿器科の重い扉が、軽く感じました。

前立腺癌は、早期発見で適切な治療を受ければ「卒業できる病」です。10年生存率95%超という数字は、こうしたサバイバーの実感の上に成り立っています。

 

【第五部】10年経った今、伝えたいこと

結婚30年、夫婦関係はむしろ深まった

失ったもの——若い頃のような自然さ

正直に書きます。20代・30代のような、薬なしで突発的に求め合う夜は、もう戻ってきません。それは諦めました。今はお互いの体調を最優先に、無理のないペースで自然に続けています。

得たもの

一方で、得たもののほうが大きいと感じています。

  • 夫婦で少し率直に話せるようになった——若い頃は照れて話せなかった
  • 一回一回を大切にするようになった——回数より質
  • 性以外の触れ合い(手を繋ぐ、隣で映画を見る)の価値を再発見した
  • お互いの老いを受け入れられるようになった

癌は、私たちから何かを奪ったが、それ以上のものを与えてくれた——10年経って、ようやくそう言えるようになりました。

 

bodyagain.jpを10年運営してきた理由

自分が救われた薬を、同じ立場の人に届けたい

2016年末の韓国出張で友人が手渡してくれた一枚のVINIX 100mg——あれが私の出発点でした。

「自分が救われたこの薬を、同じ立場で苦しんでいる中年男性がいるなら、届けたい」。半年ほどかけて構想を練り、2017年6月、私はbodyagain.jpを開設しました。

当時、日本ではED治療薬は「クリニックで処方を受ける高額な薬」というイメージが強く、特に術後ED患者にとって継続使用のハードルは決して低くありませんでした。一方、韓国ではCLPharm社製のフィルム型ジェネリックが普通に手に入る。この格差を、個人輸入代行という形で埋めたい——それが、私の素朴な動機でした。

10年で出会った、何千人ものお客様

bodyagain.jpを立ち上げて、10年が経ちました。

リピーターのお客様の中には、前立腺がんの術後を乗り越えてきた方、手術を前に不安を抱えている方、糖尿病や高血圧からくるEDに長年悩んでいる方――そういった方々が、本当に多いと思います。

現在、お客様の約9割がリピーターです。

これが、10年続けてこられた、いちばんの理由だと思っています。

私は薬を売っているのではなく、同じ船に乗る仲間として、私の経験を共有しているだけ——そう思っています。

 

これから前立腺癌と向き合う方へ——5つのメッセージ

メッセージ①:PSA要注意は、絶対に放置しないでください

私の人生最大の後悔です。「忙しい」「来年でいい」「症状がない」——その全部が、未来の自分から時間を奪います。半日でいい、泌尿器科へ行ってください。早期発見できれば、選択肢は格段に広がります。

メッセージ②:神経温存をめぐる決断は、夫婦で話し合ってください

これは医学的判断ではなく、価値観の判断です。妻(あるいはパートナー)を巻き込まずに一人で決めると、術後の精神的負担が大きくなります。妻の「あなた自身が選びなさい。どちらでも応援する」という言葉が、私の決断を支えてくれました。

メッセージ③:術後の無力感を、隠さないでください

「男として情けない」と感じる時期は、誰にでも来ます。それを妻に隠すと、距離が生まれます。情けないなら情けないと、率直に話すこと。私の経験では、それが一番の近道でした。

メッセージ④:ED治療薬は「道具」と割り切ってください

老眼鏡、入れ歯、補聴器——歳を取れば道具に頼るのは当たり前のことです。性だけ「自然じゃないとダメ」と考える必要はありません。10年経った今、薬を使う自分が「本物の自分じゃない」と思うことは、もうありません。

メッセージ⑤:前立腺癌は「卒業できる病」です

10年生存率95%超。早期発見・適切な治療を受け、経過観察を真面目に続ければ、私のように「もう来なくていい」と言ってもらえる日が来ます。希望を捨てないでください。

 

サバイバーコーナーの読み方——派生記事5本のガイド

本記事はサバイバーコーナーの中核として、私の10年を概観する形で書きました。各テーマをより深く掘り下げた派生記事5本を、それぞれの読者層別にご案内します。

PSA要注意で迷っている方

▶ 最優先でお読みください:PSA検査で要注意と言われたら——サバイバーからの警告

私が3年間放置した経緯、PSA数値の意味、今すぐすべきことを、サバイバーの視点で徹底的に書いています。

これから手術を受ける方

▶ 術式の比較:ダヴィンチ手術を10年前に受けて——あの判断は正しかったか

▶ 神経温存vs全摘の判断:神経温存 vs 全摘除——10年後に振り返る私の選択

▶ 入院生活の現実:3週間入院記録——前立腺全摘除術の現実

術後の夫婦生活に悩んでいる方

▶ 結婚30年の物語:前立腺癌が夫婦関係に与えた10年の影響

術後の無力感、ED治療薬を受け入れるまで、同じ立場の方への切実なメッセージです。

 

よくある質問(FAQ)

Q1. PSAが少し高いだけで、本当に病院へ行くべきですか?

A. 行ってください。私の最大の後悔は、PSA 4.2の段階で動かなかったことです。PSA 4.0〜10.0は「グレーゾーン」で、約25〜30%が前立腺癌と診断されます。1ヶ月後の再測定だけでも多くの情報が得られます。詳しくは「PSA検査で要注意と言われたら——サバイバーからの警告」をご覧ください。

Q2. 前立腺全摘除術の入院期間はどれくらいですか?

A. 私の場合は3週間ほどでした。ただし2016年当時の話で、近年は短期化(2週間前後)している病院もあります。具体的な期間は、手術を受ける病院に事前にご確認ください。詳しくは「3週間入院記録」をご覧ください。

Q3. 術後、夫婦生活は本当に営めますか?

A. はい、可能です。私は片側神経温存とED治療薬(VINIX、SENTRIP)を、その日の身体の状態に合わせて使い分けながら、結婚30年を超えた今でも夫婦生活を続けられています。完全な術前の状態とはいきませんし、若い頃のような頻度でもありません。でも「形を変えて、無理せず続ける」ことは十分に可能です。大切なのは数字ではなく、お互いの体調を見ながら自然に続けられる関係を作ることだと感じています。

Q4. ED治療薬を使うことに、男として抵抗があります。

A. 私もそうでした。現在は、年齢や術後の身体変化を補うための道具として考えています。ここで述べているのは私個人の受け止め方と体験です。

Q5. 前立腺癌は完治しますか?

A. 早期発見で適切な治療を受ければ、私のように「卒業」できます。私は術後7年で担当医から経過診断卒業を告げられました。10年生存率95%超という数字は、サバイバーの実感の上に成り立っています。希望を捨てないでください。

Q6. bodyagain.jpはなぜ運営者自身が書いているのですか?

A. 私自身が同じ悩みの当事者だからです。2016年7月の前立腺全摘除術の後、半年経った2016年末の韓国出張で、親しい友人が手渡してくれたVINIX 100mgに救われました。同じ立場の日本の男性に届けたい一心で、翌2017年6月にサイトを開設しました。商品を売っているというより、同じ船に乗る仲間として経験を共有している——9年経った今でも、その気持ちで運営しています。

 

この記事を書いた人

bodyagain.jp 運営者

1996年結婚、現在結婚30年。2016年に前立腺癌(T2c期、グリソンスコア7)と診断され、ロボット支援下前立腺全摘除術を受ける。妻と相談の上、再発リスクを抱えながら片側神経温存を選択。術後ED・尿失禁の後遺症と向き合う中で、「同じ悩みを抱える中年男性に、安全で確かなED治療薬を届けたい」との想いから、2017年6月にED治療薬の個人輸入代行サイトbodyagain.jpを開設。2026年に開設10年目を迎え、自身の体験をもとにサイトを運営している。

※本記事は医学的助言を提供するものではありません。具体的な診断・治療については、必ず泌尿器科専門医にご相談ください。