
この記事は「正解」を示す記事ではありません
前立腺癌の手術を控えた男性が、最も悩む選択。それが「神経温存」か「全摘除」かです。
命を最優先するなら、勃起神経も尿道括約筋も、癌の周辺組織はすべて切除するのが最も安全です。一方、術後の生活の質、性機能や尿失禁を考えれば、可能な限り神経を残したい。
この二つの価値観の間で、私は2016年に苦しい決断をしました。最終的に選んだのは「片側神経温存」。再発リスクを承知の上で、男としての人生を残す選択でした。
この記事は「神経温存が正解」とも「全摘が正解」とも言いません。10年経った当事者として、両方の道筋を率直にお伝えし、あなたとあなたの家族が納得して選ぶための材料を提供することが目的です。
私の前立腺癌診断から手術までの全経緯は本体記事「前立腺癌術後ED 10年の全記録」に書きました。本記事では「神経温存vs全摘」という、この病で誰もが向き合う一つの問いに絞ってお話しします。
3つの選択肢。医学的に何が違うのか
前立腺の周りには、繊細な神経が走っている
前立腺は、男性の膀胱の真下、骨盤の奥深くに位置する小さな臓器です。サイズは栗の実ほど。その左右の表面に、勃起をコントロールする「勃起神経」(神経血管束)が、まるで前立腺を抱きしめるように走っています。
前立腺癌の根治手術(前立腺全摘除術)では、前立腺そのものを丸ごと摘出します。問題は、その時に左右の勃起神経をどうするか——ここで3つの選択肢が生まれます。
選択肢①:全摘除(神経も完全切除)
- 癌の取り残しリスクを最も低くできる
- 再発の可能性が最小になる
- 勃起神経が完全に失われるため、術後ED(勃起障害)はほぼ確実
- ED治療薬を使っても、効果が出にくいケースがある
選択肢②:片側神経温存
- 癌が片側に限局している場合に検討される
- 癌のない側の勃起神経を残す
- 癌側の取り残しリスクは「全摘」より上がる
- 術後ED治療薬の効果が出やすく、性機能維持の可能性が残る
選択肢③:両側神経温存
- 早期発見・低リスク症例でのみ検討される
- 両側の勃起神経を残す
- 再発リスクは「片側温存」より上がる
- 術後の性機能回復可能性が最も高い(自力回復もあり得る)
この3つは、「命の安全」と「術後の生活の質」のトレードオフです。どこを優先するかは、医学的判断であると同時に、本人と家族の価値観の判断でもあります。
各選択肢のメリット・デメリット医学的に率直に
再発リスクの実際
「神経温存=再発リスクが大きく上がる」と単純に考える方が多いですが、実際は単純な話ではありません。
- 癌の進行度(T1〜T4)、グリソンスコア、PSA値などの総合的なリスク評価による
- 低リスク症例では、両側温存しても再発率はほぼ変わらないという報告もある
- 中〜高リスク症例では、温存範囲を広げるほど取り残しリスクが上がる
つまり、「自分の癌がどのリスク群に分類されるか」を理解しないと、神経温存を語る土俵にすら立てないのです。
術後ED——術式による違い
術後の勃起機能は、神経温存の度合いで大きく変わります。
- 両側温存:術後1〜2年かけて、自力で部分的に回復する可能性あり
- 片側温存:自力回復は限定的だが、ED治療薬の効果が出やすい
- 全摘:勃起神経そのものが失われるため、ED治療薬を使っても効果が出にくいケースがある
私自身は片側温存で、ED治療薬(VINIX、SENTRIP)を身体の状態に合わせて使い分けることで、無理のないペースで夫婦生活を続けられています。
尿失禁——実は術式による差は限定的
これは多くの方が誤解している点です。尿失禁の主因は「勃起神経」ではなく「尿道括約筋」の温存度合いです。
つまり、神経温存を選ぼうが全摘を選ぼうが、尿道括約筋をどれだけ守れるかで尿失禁の予後は決まります。「神経温存にすれば尿漏れも少ない」という説明は、正確ではありません。
ダヴィンチ手術の精密性が活きるのは、勃起神経と尿道括約筋の両方を、3D拡大視野で精密に温存できる点にあります。私のダヴィンチ手術体験談は「ダヴィンチ手術を10年前に受けて——あの判断は正しかったか」をご覧ください。
私が「片側神経温存」を選んだ理由
生検の結果——左右どちらかに、温存の余地があった
私の生検は、前立腺を左右に分け、それぞれ8箇所ずつ、合計16箇所から組織を採取する精密なものでした。
結果は、片側に癌細胞が集中して見つかり、もう片側には認められなかった。グリソンスコアは3+4=7、ステージはT2c。中リスク群に分類されるケースでした。
執刀医からは、3つの選択肢が提示されました。
- ①全摘——最も安全。再発リスク最小。ただし術後EDはほぼ確実
- ②片側温存——癌のない側の神経を残す。取り残しリスクは多少上がる
- ③両側温存——あなたの症例ではリスクが大きすぎるので推奨しない
つまり実質的な選択肢は「全摘か、片側温存か」でした。
家族と相談し、決断を共有した
手術前、私は神経温存について家族と話し合いました。具体的な会話はプライバシーを守るため公開しませんが、治療後の生活を含めて自分が何を大切にしたいかを整理する機会になりました。
最終的には、診断内容と執刀医の説明を踏まえ、片側神経温存を希望しました。
執刀医に伝えた、私の本音
最終カンファレンスで、私は執刀医にこう伝えました。
「先生、再発リスクを承知の上で、片側神経温存をお願いしたいです。50代の自分にとって、男として残された人生を生きることにも、命と同じくらいの意味があります。」
執刀医は静かに頷き、「分かりました。最大限の精度で、温存できる神経を残します。同時に、癌を取り残さない手術もお約束します」と答えてくれました。
ダヴィンチXiの3D拡大視野と、症例数豊富な大学病院チームの熟練。この組み合わせが、私の「リスクを抱えた決断」を技術的に支えてくれました。
10年後の答え合わせ。あの選択は正しかったか
結論:正しかった。でも、簡単な答えではない
10年経った今、片側神経温存を選んだ判断について、私は「正しかった」と言えます。
- 術後7年で経過診断を卒業。再発の兆候なく「卒業」できた
- ED治療薬(VINIX、SENTRIP)を身体に合わせて使い分けながら、結婚30年の夫婦生活を続けられている
- 「男として生きる」という選択を、自分自身に許せた
ただし、これは「結果論」です。もし術後3年目、5年目で再発が見つかっていたら、「なぜ全摘にしなかったのか」と後悔したかもしれません。
神経温存は「賭け」です。10年の経過観察を経て、私はその賭けに勝ちました。でも、賭ける前から「絶対に勝てる」と分かっていたわけではありません。
術後7年。担当医が「もう来なくていい」と言ってくれた日
術後7年の経過診察で、担当医からこう告げられました。「ここまで何の兆候もないので、もう経過診断は卒業して大丈夫です」。
診察室を出た後、しばらく廊下のベンチに座り込みました。「あの片側温存の決断は、間違っていなかった」。10年近くかけて、ようやくそう言える日が訪れたのです。
本当に後悔しているのは「術式」ではなく「タイミング」
もし2013年に動いていたら、両側温存もあり得た
片側温存を選んだ判断は、結果として正しかった。でも、私が本当に後悔しているのは別のところにあります。
2013年、健康診断でPSA 4.2の「要注意」判定を受けながら、私は3年間放置しました。2016年にPSA 8.9まで上昇し、ようやく精密検査を受けて、すでに中リスク群に分類される段階にまで進んでいた。
もしPSA 4.2の段階で動いていたら、私の症例は低リスク群だった可能性が高い。低リスクなら、両側神経温存という、もっと「攻めた」選択肢も現実的だった。あるいは、監視療法という、そもそも手術しない選択肢もあったかもしれません。
片側温存と両側温存では、術後の性機能回復可能性が大きく違います。両側なら自力回復もあり得たかもしれない。「あの3年」を考えると、今でも歯がゆさが残ります。
PSA要注意を放置した私の3年間の後悔は「PSA検査で要注意と言われたら——サバイバーからの警告」に詳しく書きました。同じ轍を踏まないでほしいというのが、サバイバーとしての私の一番の願いです。
これから手術を選ぶ方へ——5つの判断軸
判断軸①:自分の癌のリスク群を正確に把握する
低リスク・中リスク・高リスクで、神経温存の現実的な選択肢は変わります。グリソンスコア、PSA値、T分類、生検の陽性箇所数——これらを担当医と一緒に確認してください。「自分のリスク群はどこか」を理解せずに、神経温存を語ることはできません。
判断軸②:再発した場合の追加治療を、想像しておく
神経温存を選んで万一再発した場合、追加で放射線治療・ホルモン療法・救済手術などが必要になることがあります。「温存した代償として、追加治療が必要になるかもしれない」というシナリオを、事前に想像しておくと心の準備になります。
判断軸③:術後のED治療を、最初から想定する
両側温存でも、術後しばらくはED症状が出ます。片側温存ならED治療薬の併用が基本。全摘ならED治療薬の効果すら限定的。手術後の人生は、長い。パートナーとの関係も含めて、術後の性生活をどう考えていくか、手術前に向き合っておくことは、決して恥ずかしいことではありません。
私自身が運営する個人輸入代行サイトbodyagain.jpでは、CLPharm社製のフィルム型ED治療薬VINIX(ビニックス)(シルデナフィル系・即効性)とSENTRIP(セントリップ)(タダラフィル系・長時間型)を扱っています。10年使い続けてきた当事者として、選び方のポイントもサイトでお伝えしています。
判断軸④:パートナーと、決断を共有する
これは医学的判断だけでなく、価値観の判断です。妻(あるいはパートナー)を巻き込まずに一人で決めると、術後の精神的負担が大きくなります。「命を最優先するか、生活の質も含めて考えるか」を、一緒に話し合ってください。私の場合、妻の「あなた自身が選びなさい。どちらでも応援する」という言葉が、決断を支えてくれました。
判断軸⑤:症例数が豊富な病院・チームを選ぶ
神経温存は精密な技術を要求されます。ダヴィンチ手術の症例数が豊富で、神経温存の経験も豊富なチームを選んでください。「ダヴィンチを導入している病院」は今や多いですが、「そのダヴィンチを何百件、何千件と動かしてきたチームかどうか」は別の話です。私自身、当時、都内でダヴィンチ手術の実績が最多だった大学病院を選びました。
よくある質問(FAQ)
Q1. 神経温存と全摘、どちらが正解ですか?
A. どちらが「正解」かは、その人の癌のリスク群、価値観、家族の意向によって変わります。命を最優先するなら全摘が安全です。術後の性機能や尿失禁の予後を含めて考えるなら、神経温存が選択肢になります。重要なのは、自分の症例で何が「現実的な選択肢」かを担当医と確認した上で、家族と話し合って決めることです。「正解」は一つではありません。
Q2. 神経温存をすると、再発リスクは大きく上がりますか?
A. 一概には言えません。低リスク症例では、両側温存しても再発率はほぼ変わらないという報告もあります。一方、中〜高リスク症例では、温存範囲を広げるほど取り残しリスクは上がります。「自分の癌がどのリスク群に分類されるか」を担当医と確認することが第一歩です。私は中リスク群で片側温存を選び、結果として術後7年で経過診断を卒業できました。
Q3. 両側神経温存ができれば、術後EDは完全に避けられますか?
A. 完全には避けられません。両側温存をしても、術後しばらくはED症状が出ます。神経が「触られた」だけでも、機能が落ちる時期があるからです。両側温存の場合、術後1〜2年かけて自力での部分的回復が期待できますが、完全に術前と同じ状態に戻る保証はありません。ED治療薬の併用も視野に入れておくと、心の準備になります。
Q4. 執刀医が「全摘を勧める」と言っています。神経温存をお願いしてもいいですか?
A. お願いすること自体は、患者の正当な権利です。ただし、医師が全摘を勧める背景には医学的根拠があるはずなので、まずは「なぜ温存ではなく全摘なのか」を率直に聞いてみてください。納得できない場合は、セカンドオピニオンを取ることを強くお勧めします。神経温存の経験豊富な医師に意見を聞くことで、視野が広がります。
Q5. 家族と相談しても、最終判断に迷います。どうすればよいですか?
A. 家族の意見だけで決めず、診断内容、治療の選択肢、術後生活への影響について主治医に質問を重ねてください。納得できない場合は、セカンドオピニオンも選択肢です。最終的な治療方針は、ご自身の診断内容と価値観を踏まえて医療者と決める必要があります。
Q6. 術後10年経って、片側神経温存を選んだ判断を後悔していますか?
A. 結論から言えば、後悔していません。術後7年で経過診断を卒業でき、ED治療薬を身体の状態に合わせて使い分けながら、結婚30年の夫婦生活を続けられています。本当に後悔しているのは「術式の選択」ではなく、「PSA要注意を3年放置したこと」です。もっと早く動いていれば、両側温存や監視療法という、より「攻めた」選択肢も現実的だった——その悔しさは、10年経っても消えません。
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この記事を書いた人
bodyagain.jp 運営者
1996年結婚、現在結婚30年。2016年に前立腺癌(T2c期、グリソンスコア7)と診断され、ロボット支援下前立腺全摘除術を受ける。妻と相談の上、再発リスクを抱えながら片側神経温存を選択。術後ED・尿失禁の後遺症と向き合う中で、「同じ悩みを抱える中年男性に、安全で確かなED治療薬を届けたい」との想いから、2017年6月にED治療薬の個人輸入代行サイトbodyagain.jpを開設。2026年に開設10年目を迎え、自身の体験をもとにサイトを運営している。
※本記事は医学的助言を提供するものではありません。具体的な診断・治療については、必ず泌尿器科専門医にご相談ください。